
上野の不忍池辯天堂は、天台宗東叡山寛永寺に属するお堂で、不忍池の中島に位置しています。寛永寺を開いた天海僧正が、京都の比叡山延暦寺と琵琶湖の竹生島に見立てて建立しました。
歴史と特徴
不忍池辯天堂は、その独自の「見立て」の思想と、本尊の八臂辯才天が特徴です。
建立の経緯
「見立て」の思想:
天海僧正は、上野の山を京都の寺社に見立てて設計しました。不忍池を琵琶湖、池の中島を竹生島(琵琶湖にある弁才天の聖地)に見立て、その島に辯天堂が建立されました。
参詣方法の変化:
創建当初は舟で参詣していましたが、参詣者の増加に伴い江戸時代に橋が架けられました。
ご利益と本尊
辯才天:
音楽や芸能の守り神とされ、「辯財天」とも書かれることから金運上昇のご利益もあるとされています。
八臂辯才天:
不忍池辯天堂の本尊は、8本の腕に煩悩を破壊する武器を持つ珍しい姿の八臂辯才天(はっぴべんざいてん)です。秘仏とされており、年に一度、9月の「巳成金大祭」で開帳されます。
大黒天
豊臣秀吉ゆかりの大黒天:
辯天堂の脇には、豊臣秀吉が大切にしていたと伝わる大黒天が祀られています。この大黒天は、家門繁栄や富貴をもたらすご利益があるとされています。
(注意)谷中七福神の大黒天は、寛永寺の旧釈迦堂である護国寺に祀られています。

不忍池と蓮
蓮の名所:
7月から8月にかけて不忍池一面に蓮が咲き、極楽浄土を思わせる美しい景色が広がります。
供養塚:
不忍池辯天堂の周囲には、鳥塚、魚塚、フグ塚、スッポン塚、包丁塚、眼鏡塚など、日頃の感謝や供養の気持ちを表すユニークな塚が点在しています。
再建
焼失と復興:
現在のお堂は、1945年の東京大空襲で焼失した後、1958年に再建されたものです。1966年には、児玉希望画伯による龍の天井絵が奉納されました。


不忍池辯天堂では、毎日午前7時から午後5時まで参拝が可能です。

ビルを背に佇む六角堂。2019年9月13日 撮影
不忍池辯天堂 / 谷中七福神(弁財天)
東京都台東区上野公園2-1
JR上野駅から徒歩約6分

