
An irreplaceable day
『日々是好日(にちにちこれこうじつ)』
唐時代の禅僧、雲門文偃(うんもんぶんえん)の言葉です。
彼は弟子たちに「これまでの15日間については問わない。これからの15日間をどう生きるか、一言で言ってみよ」と問いかけました。
誰も答えられずにいると、自ら放ったのがこの言葉です。
- 「好日」とは、単に天気が良い日や幸運な日を指すのではありません 。
- 雨の日も、悲しい出来事があった日も、その日を「かけがえのない一日」として全身で受け入れる覚悟を説いています。
- 自分の都合で「良い・悪い」とジャッジする物差しを捨てることで、どんな日も最良の日になるという逆転の発想です。
ですが、突然の事故や大地震があっても、それを「かけがえのない一日」として受け入れなければいけないのでしょうか…?
いいえ、そんなことはありません。禅の文脈での「好(よし)」は、ハッピーであるとか、運が良いといった「Good」の意味ではありません。
「雨が降った」という事実に対して、「嫌な雨だ(悪)」と色をつけるのは人間です。雨はただ降っているだけ。
同様に、災難が起きたという過酷な現実に対しても、「なぜ自分だけが」と嘆くのではなく、「今、この状況が起きている」という事実をまるごと引き受ける。
その覚悟が決まった状態を「好(よし)」と呼びます。
大きな地震が起きた日を「ハッピー」と思えるはずがありません。
しかし、その混乱の中で「今、自分は生きている」「目の前の人を助けるために動いている」という一点に集中し、全力を尽くしている瞬間。
そこには後悔も比較もなく、ただ「今」があるだけです。
悲しい日は、底辺まで悲しみ尽くす。 痛い日は、その痛みと向き合い切る。
そうして「今、ここ」から逃げずに受け入れたとき、その一日は他の誰のものでもない、あなただけの尊い一日(好日)になる……という教えなのです。
でも、もし納得がいかないときは、「好い日だ」と自分に嘘をつく必要はありません。代わりに、こう自分に問いかけてみてはいかがでしょうか。
「今、この瞬間、自分にできることは何か?」
嵐の中にいても、その一瞬に集中すること。それが、結果として「日々是好日」を生きることにつながります。
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