
No matter the circumstances or place, live sincerely with yourself as the main actor.
「随処に主と作れば、立処皆真なり(ずいしょにしゅとなれば、りっしょみなしんなり)」は、唐代の禅僧・臨済義玄(臨済宗の開祖)の言葉で、『臨済録』に収められている非常に有名な禅語です。
「どのような状況・場所であっても、自分自身が主体(主)となって真摯に生きれば、いま立っているその場所がそのまま真実(真理)の世界となる」という意味を持っています。
語句の意味
- 随処(ずいしょ)
「どこに行こうとも」「どんな状況・立場におかれても」ということ。順境のときも、逆境のときも含みます。
- 作主(しゅとなる)
他人の意見や環境、自身の感情(欲望や迷い)に振り回されず、自分自身の心の主人公として振る舞うこと。
- 立処(りっしょ)
自分が今置かれている場所、立っている現在地。
- 皆真(みなしんなり)
すべてが真実となり、悟りの場となり、揺るぎない生となるということ。
「主人公」として生きるということ
人はつい、「上司が悪いから」「環境に恵まれないから」「時代が悪いから」と、自分の外側に不満の理由を探し、状況の「奴隷(客)」になってしまいがちです。
しかし、この言葉は次のように教えています。
1.環境のせいにしない
どんな状況におかれても、その場で「いま自分にできる最善のこと」に心を込めて取り組むとき、人は環境の支配から抜け出し、人生の「主人公」になれます。
2.「いま、ここ」を輝かせる
「ここではないどこか遠く」や「理想の未来」に幸せを求めるのではなく、自分が今いるその足元(立処)こそが、真実の命が働く一番尊い場所であると気づくことです。
置かれた場所で自分らしく精一杯の花を咲かせ、流されずにどっしりと自分の足で立つ——
「生き方の覚悟」を問いかけてくる力強い教えです。
