
question
「作麼生(そもさん)」と「説破(せっぱ)」、この二つは、禅の修行者同士が互いの悟りの境界を確かめ合うスリリングな問答(禅問答)で使われる合図のような言葉です。
作麼生:「さあ、どうだ!」
説破:「答えてやる!」
一瞬の油断も許されない真剣勝負の世界ですね。
一休さんと屏風の虎
江戸時代の破天荒な名僧・一休宗純(一休さん)の超有名な「作麼生・説破」のエピソードをご紹介します。ご存じの方も多いと思いますが、アニメでおなじみのトンチの元ネタにもなったお話です。
幼い頃の一休さん(幼名:千菊丸)が、足利義満(将軍)に呼び出されたときのことです。義満は一休さんの賢さを試そうと、大きな屏風に描かれたリアルな虎の絵を指さして言いました。
将軍 「一休よ、この屏風の虎が夜な夜な抜け出して暴れて困っておる。作麼生(さあ、どうだ)! お前はこの虎を縛り上げることができるか?」
大人たちが「いくらなんでも絵の虎を縛れるわけがない。一休も参っただろう」と見守る中、一休さんは少しも動じず、縄を固く握りしめて屏風の前に進み出ました。
そして、仁王立ちになって叫びます。
一休 「説破(よし、答えてやる)! 将軍様、いまから私がこの縄でしっかりと縛り上げます! さあ、まずはその虎を屏風の中から追い出してください! 出してくだされば、一瞬で縛ってみせましょう!」
これには将軍も脱帽し、「参りました」と笑うしかありませんでした。
このエピソードに見る「禅」の真髄
この「作麼生・説破」のやり取りは、単なる頓職(とんち)話に見えて、実は見事な禅の理屈が通っています。
将軍の「作麼生」:
「絵の虎」という存在しない幻想(頭の中の妄想)を持ち出して、一休さんを「存在しない問題」に巻き込もうとした。一休さんの「説破」:
相手の土俵にそのまま乗るのではなく、「その問題自体があなたの頭の中にしかない妄想(幻想)ですよね」と相手に突き返して、問題を根底から無効化した。
もし、「相手が自分を怒らせてくる(屏風の虎が暴れている)」という問題に悩んでいるとき、一休さんのように「そもそも、その虎(相手の勝手な言動や自分のイライラ)を自分の心の中に引き入れて暴れさせているのは誰か?」と一歩引いて見る。
「作麼生(さあどうする)!」と心が揺さぶられたとき、
「説破(そんな妄想には付き合わない)!」と心の中で境界線を引く——。
昔の禅者たちは、こうした「作麼生!」「説破!」のやり取りを通して、頭の中の妄想に振り回されないしなやかな心を鍛えていたのかもしれません。
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