七福神めぐりの始まり

七福神めぐり(春)イラスト

七福神めぐりの習慣はいつ、どのようなきっかけで始まったのでしょうか。

七福神という「グループ」が作られたのは室町時代の後期と言われています。

きっかけ:当時の京都の庶民の間で、恵比寿や大黒天といった個別の神様を信仰する文化が広まっていました。そこに「竹林の七賢人(中国の賢者7人)」のイメージが重なり、「福を呼ぶ神様を7人セットにすればもっと縁起が良いのでは?」という発想が生まれたのが始まりです。

最古の記録:京都の「都七福神(みやこしちふくじん)」が日本最古の七福神めぐりと言われており、室町時代にはすでにその原型があったとされています。

「七福神めぐり」が庶民のレジャーとして定着したのは、江戸時代の中期以降です。これにはいくつかのきっかけがあります。

徳川家康と「七福」の教え:徳川家康が、知恵袋であった天海大僧正から「天下を治めるには、七つの福徳(清廉、有終、威光など)を備えなさい」という教えを受けたという伝説があります。これが「七福神」の徳目として広まり、幕府公認(?)のような形で推奨されたことが大きな後押しとなりました。

庶民の「物見遊山(観光)」ブーム:江戸中期になると、生活に少し余裕ができた庶民の間で、「お参り」を口実にした旅行や散歩が大流行しました。

隅田川周辺の「粋な演出」:特筆すべきは、江戸後期の文化人たちが関わった「隅田川七福神」です。当時の風流な文人たちが、向島周辺の寺社を組み合わせてコースを作り、「お参りした後は近くの茶屋で名物の団子を食べる」といったグルメと観光をセットにしたパッケージを提案しました。これが現代の「聖地巡礼」や「観光ツアー」のようにヒットしたのです。


信仰(ご利益)と娯楽(レジャー)が絶妙にミックスされた「七福神めぐり」

「神様にお祈りして運気も上がるし、美味しいものを食べながら散策もできる。これは最高だ!」

七福神めぐりを楽しむ感覚は、昔も今も、あまり変わっていないのかも知れません。